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こんにちは。スターゴシップバズ、運営者の「T」です。
M-1グランプリ2024での衝撃的な活躍を見て、バッテリィズのことが気になり始めた方も多いのではないでしょうか。あの超高速のしゃべくり漫才を見ていると、エースさんと寺家さんのどちらがボケでどちらがツッコミなのか、役割が複雑に入れ替わっているように見えて混乱してしまいますよね。ネタ作りは誰が担当しているのか、立ち位置はどうなっているのかといった基本的な情報から、なぜあんなに面白いのかという技術的な部分まで知りたくなるのは当然のことです。今回は、そんな彼らの曖昧な境界線やM-1での評価について、私なりに徹底的に深掘りしてみました。
- バッテリィズの基本的な役割分担とネタ作り担当者が明確になります
- 一見複雑に見えるボケとツッコミの境界線やスタイルの秘密がわかります
- M-1グランプリ2024で審査員から絶賛された技術的な理由を理解できます
- エースさんと寺家さんのキャラクター性を知ることで今後のテレビ出演がより楽しめます
バッテリィズはどっちがボケでどっちがツッコミか?
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彼らの漫才を見ていると、ものすごいスピードで会話が展開していくので、ふと「今、どっちがボケたんだ?」と疑問に思う瞬間がありますよね。ここではまず、基本的なプロフィールや担当、そしてなぜ彼らの役割が「どっち?」と検索されるほど曖昧に感じるのか、その核心に迫っていきます。
バッテリィズ寺家の担当と特徴
まずはコンビの要とも言える存在、立ち位置向かって左側の寺家(じけ)さんについて詳しく見ていきましょう。基本的なプロフィール情報として、彼はバッテリィズにおける「ボケ」担当であり、同時にコンビの心臓部である「ネタ作り」も担当しています。シュッとした見た目の好青年で、一見すると常識人のようにも見えますし、実際にエースさんの破天荒な言動を諫めるシーンも多いので、初見では「こちらがツッコミかな?」と勘違いしてしまう方もいるかもしれません。
しかし、寺家さんのボケとしてのスタイルは非常に巧妙で奥深いものがあります。彼は、いわゆる「奇行」や「意味不明な発言」で笑いを取るタイプのボケではありません。むしろ、エースさんの繰り出す高速かつ大量の言葉に対して、淡々と、しかし確実に「ズレた視点」や「変なこだわり」を提示していくタイプのボケなんです。この「静かなる狂気」とでも言うべきスタイルが、バッテリィズの漫才に独特の深みを与えています。
例えば、M-1グランプリでも話題になった世界遺産のネタを思い出してみてください。エースさんが一生懸命に世界遺産の話をしている中で、寺家さんは「日本の世界遺産といえば?」という問いに対して、誰もが思い浮かべる京都や富士山ではなく、あえて「大仙陵古墳」という絶妙に渋いチョイスを放り込んできます。これは単なる知識のひけらかしではなく、エースさんが欲しがっている答えをあえて外すことで、会話のリズムを意図的に崩し、エースさんのツッコミを引き出すための高度なボケなんですね。
また、寺家さんは「ネタ作り」を担当していることからも分かる通り、漫才全体の構成を支配している司令塔でもあります。エースさんのアホエピソードを暴露してイジったり、エースさんが気持ちよく喋っているところに冷や水を浴びせるような一言を放ったりと、相手をコントロールするような一面も見せます。こういった動きが、単純な「ボケ役」という枠を超えて、まるで人形使いのような「黒幕感」や「隠れボケ」といった印象を見る人に与えているのでしょう。エースさんの熱量を受け流しながら、掌の上で転がすような寺家さんの立ち振る舞いこそが、バッテリィズの漫才の土台を支えているのです。
バッテリィズエースの役割分析
続いては、立ち位置向かって右側、その名の通りコンビの主力打者であるエースさんです。彼の役割は「ツッコミのエース」と自称していますが、ここがバッテリィズを理解する上で最大のポイントであり、同時に最も混乱を招く部分でもあります。一般的な漫才におけるツッコミ役といえば、ボケの間違いを正し、観客の代弁者として常識的な視点を提供するのが仕事です。しかし、エースさんの場合はその定義に全く当てはまりません。
エースさんのスタイルは、「おバカ芸人が、普通の人はツッコミを入れないような細かいところに、全力でツッコミを入れる」という非常に特殊なものです。彼は漫才の中で、ものすごい熱量とスピードで喋り続け、寺家さんの発言に対して食い気味にツッコミを入れます。その姿勢や口調は間違いなくツッコミのそれなのですが、言っている内容をよく聞いてみると、驚くほど常識からズレていることが多々あるのです。
具体的な例を挙げると、彼らの代表的なネタの一つにおいて、「ガリレオ・ガリレイ」の話をしているシーンがあります。普通のツッコミならガリレオの業績やエピソードに触れるところを、エースさんは「ガリレオの『ガリ』の部分が、なんか細そうすぎる!」といった、文字の響きやイメージだけで猛烈にツッコミを入れたりします。また、「ライト兄弟」の話では、発明家のライト兄弟の話をしているはずなのに、野球の守備位置の「ライト」や、照明の「ライト(電気)」と勘違いしたまま、自信満々に話を展開してしまいます。これはもう、ツッコミという形式を借りた「大ボケ」と言っても過言ではありません。
彼の面白いところは、自分が間違っているとか、ズレているという自覚が全くない(ように見える)点です。本人はあくまで「正しいツッコミをしている」というスタンスを崩さず、100%の自信と熱量で間違ったことを叫び続けます。この「正当なツッコミの顔をして、めちゃくちゃなことを言う」というギャップが、観客に「いや、お前が間違ってるんかい!」という強烈な心の中のツッコミを誘発させるのです。形式上はツッコミ担当ですが、実質的にはネタの中で最も大きな笑いを生み出すボケ的な機能を果たしており、これが視聴者を「どっちがボケ?」と混乱させる最大の要因となっています。
立ち位置とネタ作りの担当者
ここで一度、バッテリィズのコンビとしての基本構造を整理しておきましょう。彼らの漫才がなぜあそこまで緻密で、かつライブ感に溢れているのか、その秘密は役割分担とネタ作りの体制に隠されています。
- ボケ担当: 寺家(立ち位置:向かって左)
- ツッコミ担当: エース(立ち位置:向かって右)
- ネタ作り: 寺家がメインだが、エースも担当している
ここで特に注目していただきたいのが、エースさんもネタ作りを担当しているという点です。通常、漫才コンビでは「ボケ担当=ネタ作り担当」というケースが多く、ツッコミ担当はネタ合わせの段階で調整を行う程度ということも珍しくありません。しかし、バッテリィズの場合はエースさんも積極的にネタ作りに関与しています。
これは、エースさんのキャラクターがあまりにも強烈でユニークであるため、彼自身の言葉や感性をそのままネタに反映させた方が面白くなるからではないかと私は推測しています。エースさんの頭の中にある「ズレた常識」や「独特のワードセンス」は、他人が台本として書いて言わせるものではなく、彼自身から湧き出てくるものだからこそ、あのリアリティと爆発力が生まれるのです。「ツッコミのエース」という芸名には、単なる役割以上の、コンビを牽引する存在としてのプライドが込められているようにも感じます。
また、お互いがネタ作りに関わることで、ボケとツッコミの双方向からのアプローチが可能になります。寺家さんが論理的な構成やフリを考え、エースさんがその中で暴れ回るためのパンチラインや展開を考える。この共同作業があるからこそ、あの息もつかせぬ高速の掛け合いや、二人の言葉がパズルのピースのようにカチッとはまる瞬間が生まれるのでしょう。仲が良いコンビとしても知られていますが、単なる仲良しではなく、互いの才能を信頼し合うビジネスパートナーとしての強固な絆が、あの立ち位置とネタの完成度から伝わってきます。
ボケとツッコミの境界線が曖昧
近年、漫才のスタイルは多様化の一途をたどっています。かつてのように「ボケが変なことを言い、ツッコミがそれを訂正する」というシンプルな図式だけでは、目の肥えたお笑いファンや審査員を満足させることは難しくなってきました。M-1グランプリのレベルが年々上がっている中で、バッテリィズが見せたスタイルは、まさに現代漫才の最先端を行く「役割のボーダーレス化」を象徴していると言えるでしょう。
彼らの漫才を見ていると、明確な「ボケのターン」と「ツッコミのターン」という切れ目が存在しないことに気づきます。「笑い飯」さんが確立した「Wボケ」は、二人が交互にボケ役とツッコミ役をスイッチするという明確なシステムでしたが、バッテリィズの場合はもっとシームレスで、グラデーションのように役割が変化します。
例えば、エースさんが「ライト兄弟は電気屋だ!」とズレたツッコミをした瞬間、彼は機能的には「ボケ」になります。それに対して寺家さんが「いや、飛行機の発明家や」と訂正すれば、寺家さんは「ツッコミ」の機能を果たします。しかし、その直後に寺家さんが「でも僕は古墳が好きやから」と話を逸らせば、今度は寺家さんが「ボケ」になり、エースさんが「なんで今古墳やねん!」とツッコむことで元の役割に戻ります。この入れ替わりが、数秒単位、あるいは一つのセリフの中で目まぐるしく行われるため、見ている側は「どっちがどっち」と考える暇もなく、笑いの渦に巻き込まれていくのです。
この境界線の曖昧さこそが、バッテリィズの漫才に独特のグルーヴ感を生み出しています。どちらか一方が主導権を握るのではなく、二人の会話が化学反応を起こしながら転がっていく。まるでジャズのセッションのような即興性と、計算された構成力が同居しているからこそ、私たちは彼らの漫才を見て「ボケとツッコミがわからないけど、とにかく面白い」と感じるのです。これは、「ボケ・ツッコミ」という既存の枠組みでは語りきれない、新しい漫才の形の現れなのかもしれません。
役割が入れ替わる特殊な芸風
バッテリィズのこの独特なスタイルについて、お笑いファンの間でも様々な解釈や議論が交わされています。一部では彼らのことを「新手のWボケ」と呼ぶ声もありますし、メディアによって紹介のされ方が異なることさえあります。
実際、過去に彼らが出演したバラエティ番組『相席食堂』の企画「街ブラ-1グランプリ」では、非常に興味深い現象が起きました。番組の紹介テロップでは「エースがツッコミ、寺家がボケ」と公式通りに紹介されていたにもかかわらず、そのVTRを見たお笑い評論家の方は「エースがボケで、寺家がツッコミである」と真逆の解釈を述べたのです。プロの評論家でさえ意見が割れるほど、彼らの役割分担は特殊で複雑だということがよく分かります。
解釈が分かれる最大の理由
それは、エースさんの「ズレたツッコミ」をどう捉えるかにかかっています。これを「ツッコミとしての機能不全(=ボケ)」と見るか、あくまで「アホなキャラクターによるツッコミ」と見るか。見る人の視点によって役割の定義が反転する、いわば「だまし絵」のような構造になっているのがバッテリィズの漫才なのです。
個人的には、この「定義のしにくさ」や「解釈の揺れ」こそが、彼らの最大の武器であり魅力だと思っています。型にはまらないからこそ、観客は次の展開を予測することができません。「次はエースがどう間違えるんだ?」「寺家はどう切り返すんだ?」というワクワク感が常に持続します。エースさんが本気でツッコんでいるのに内容がおかしい、その滑稽さが笑いを生むという構造は、単なる言い間違いではなく、緻密に計算され尽くした高度な技術の上に成り立っています。
彼らは、「ボケとツッコミを入れ替える」というギミックを使っているわけではなく、二人の人間性をぶつけ合った結果、自然と役割が流動的になっているように見えます。このナチュラルなスタイルこそが、作為的な設定を感じさせず、見る人を惹きつける要因なのではないでしょうか。「どっちでもいいけど面白い」と思わせる力、それこそが彼らの芸風の真髄なのです。
M-1でバッテリィズのどっちがボケでどっちがツッコミか判明
M-1グランプリ2024での彼らの躍進は、お笑い界に大きな衝撃を与えました。決勝の舞台で彼らが披露した漫才は、まさに「どっちがボケでどっちがツッコミか」という議論を超越した、圧倒的な熱量と技術の塊でした。ここでは、M-1の具体的なデータや審査員の反応、そしてライバルとの比較を通じて、彼らの役割がどのように機能し、どのように評価されたのかを徹底的に分析していきます。
M-1決勝での高得点の理由
M-1グランプリ2024の1stラウンドにおいて、バッテリィズは並み居る強豪を抑え、なんと861点という驚異的な高得点を叩き出しました(出典:M-1グランプリ公式サイト)。これは単に「面白かった」というレベルを超え、審査員たちに「今年の顔はこのコンビだ」と確信させるだけの説得力を持った数字でした。では、なぜこれほどまでの高評価を得られたのでしょうか。
最大の理由は、彼らが「しゃべくり漫才」の王道を、現代的なスピード感で極めていた点にあります。近年のM-1では、コント漫才やシステム漫才、あるいは強烈なキャラクターに依存したネタが多く見られますが、バッテリィズはあくまで「マイク一本、センターマイクの前での会話」だけで勝負しました。奇をてらった設定や派手な動きに頼らず、二人の言葉の掛け合いだけで爆笑をさらうスタイルは、漫才の原点にして頂点とも言えるものです。
特に評価されたのは、その「圧倒的な情報量」と「聞き取りやすさ」の両立です。彼らの漫才は非常にテンポが速く、詰め込まれている情報量も膨大ですが、決して観客を置いてけぼりにしません。エースさんのハキハキとした発声と、寺家さんのクリアな滑舌、そして絶妙な間合いによって、どんなに速くても言葉がスッと耳に入ってくるのです。この基礎技術の高さがあったからこそ、エースさんの「ズレたツッコミ」という複雑なボケが、観客にストレスなく伝わり、大きな笑いへと変換されたのです。会場の空気を一瞬で支配し、審査員を唸らせたのは、この「漫才師としての基礎体力」の高さに他なりません。
審査員が評価した漫才の技術
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バッテリィズの漫才に対する評価をより深く理解するために、審査員ごとの採点傾向とコメントを見てみましょう。特に注目すべきは、漫才の技術論に厳しく、正統派のしゃべくり漫才を評価する傾向にある「97点トリオ」と呼ばれる審査員たちが、こぞって最高評価をつけた事実です。
| 審査員 | 得点 | 評価ポイントの分析 |
|---|---|---|
| 中川家・礼二 | 97点 | 発声、リズム感、そして漫才師としての「基礎体力」を絶賛。細かいテクニックよりも、漫才そのものの心地よさを高く評価しました。 |
| 海原ともこ | 97点 | 関西漫才の伝統である「間(ま)」の取り方や、相方との呼吸の合わせ方を評価。技術的な完成度の高さに太鼓判を押しました。 |
| NON STYLE・石田 | 97点 | ネタの構成力、伏線回収、そして舞台上での緻密な計算を評価。ボケとツッコミの機能美に注目していました。 |
彼らのような「漫才のプロ中のプロ」が97点という高得点をつけたことは、バッテリィズの漫才が単なる勢い任せではないことを証明しています。審査員たちは、エースさんがただ大声を出しているのではなく、どのタイミングで声を張り、どのタイミングで引くかを完璧にコントロールしている点を見抜いていました。また、寺家さんがエースさんの暴走をどのように手綱捌きし、ネタを進行させているかという「構成の妙」も高く評価されました。
つまり、審査員たちは「どっちがボケか」という表面的な役割分担以上に、二人の歯車がガッチリと噛み合った時に生まれる推進力や、漫才としての完成度を評価したのです。技術に裏打ちされた「おバカさ」こそが、最も強い武器になることを、バッテリィズは証明してみせました。
令和ロマンと競う実力と評価
最終決戦では、同じく吉本興業の若手実力派である令和ロマンとの一騎打ちとなり、結果としては令和ロマンが優勝、バッテリィズは準優勝となりました。しかし、その差は本当に紙一重でした。最終投票の結果は、令和ロマンが5票、バッテリィズが3票。たった2票差での決着であり、どちらが勝ってもおかしくない名勝負でした。
この二組の対決は、「剛のバッテリィズ」対「柔の令和ロマン」という構図で見ると非常に興味深いです。令和ロマンは、その場の空気や客層に合わせてネタを微調整し、アドリブも交えながら柔軟に笑いを取る「対応力」の化け物です。一方、バッテリィズは、自分たちの作り上げた完璧な台本と呼吸を、どんな状況でも100%の出力で叩きつける「突破力」のコンビです。
結果として敗れはしましたが、技術志向の強い審査員である哲夫さん(笑い飯)、若林正恭さん(オードリー)、そして中川礼二さん(中川家)の3名は、最後までバッテリィズに票を投じました。これは、彼らの作り込まれたしゃべくり漫才の技術が、プロの目から見ても優勝に値するレベルであったことの証明です。「自分たちのスタイルを貫き通した」という点において、バッテリィズの評価は優勝した令和ロマンに勝るとも劣らないものであり、この接戦が彼らの実力を世間に知らしめる決定打となりました。
エースのツッコミがズレる面白さ
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M-1の舞台でも、エースさんの代名詞である「ズレたツッコミ」は遺憾なく発揮され、会場を爆笑の渦に巻き込みました。ここでは、具体的にどのようなポイントが面白かったのか、そのメカニズムを紐解いてみましょう。
バッテリィズのネタの中で、エースさんは常に「全力」です。彼は自分の知識不足や勘違いを微塵も疑わず、寺家さんに対してマウントを取るような勢いで間違いを指摘します。例えば、「ガリレオ」のくだりでは、科学的な功績には一切触れず、「ガリレオの『ガリ』の部分、なんかガリガリそうで嫌や!」という、小学生のような感覚的すぎる難癖をつけます。また、「世界遺産」のネタでは、誰もが知る歴史的建造物に対して、「墓(古墳)は嫌や!もっと派手なやつがいい!」と駄々をこねる子供のような一面を見せます。
- 第一層: エースさんの言葉そのものの面白さ(ワードセンスや言い回し)。
- 第二層: 「いや、お前が間違ってるやん!」という観客からのツッコミ待ち。
- 第三層: それを冷静に処理する寺家さんとの温度差。
このスタイルは、見ている側を「参加者」にします。エースさんが堂々と間違ったことを言うたびに、私たちは心の中で「違う違う!」とツッコミを入れ、その直後に寺家さんが代弁してくれることでカタルシスを感じるのです。エースさんがツッコミ役というポジションに居座りながら、実際には最大のボケとして機能し、会場全体のツッコミを誘発する。この「巻き込み力」こそが、バッテリィズ漫才の中毒性の正体であり、彼らがM-1で爆発した最大の要因でしょう。
今後のブレイクと活動予定
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M-1グランプリ準優勝という輝かしい実績を引っ提げ、バッテリィズの二人はこれから間違いなくスターへの階段を駆け上がっていくことでしょう。「東で一番、西で一番のしゃべくり漫才師になりたい」という大きな目標を公言している彼らですが、今後は漫才だけでなく、バラエティ番組への露出も激増することが予想されます。
今後の活動において注目したいのは、漫才以外の「平場(ひらば)」でのトークスキルです。漫才の中では完璧に作り込まれた役割分担を見せる二人ですが、フリートークやロケ番組で、エースさんの天然キャラや「おバカ」な部分がどのように発揮されるのかは未知数であり、楽しみなポイントです。エースさんの予測不能な言動を、寺家さんがどう操縦し、笑いに変えていくのか。コンビの関係性がよりリアルに見える平場での活躍こそが、一発屋で終わるか、息の長い売れっ子になるかの分かれ道になるかもしれません。
また、エバースや令和ロマンといった同世代の強力なライバルたちとの切磋琢磨も楽しみです。特に「しゃべくり漫才」にこだわりを持つ彼らが、テレビという新しい戦場でどのように自分たちの芸を磨き、進化させていくのか。これからのバッテリィズの活動からは、片時も目が離せません。
バッテリィズのどっちがボケでどっちがツッコミかまとめ
- 基本的には寺家さんがボケ、エースさんがツッコミ担当だが、ネタ作りはエースも積極的に関与している。
- エースさんのツッコミが知識不足や勘違いで「ズレている」ため、実質的にボケとして機能し、役割が流動的に見える。
- M-1グランプリ2024では、その高度なしゃべくり技術と基礎体力が審査員に絶賛され、1stラウンド最高得点を記録した。
- 「ボケとツッコミ」の境界線を超えた、二人の人間性がぶつかり合う新しい形の「しゃべくり漫才」として、今後も注目が集まる。
結論として、バッテリィズについて「どっちがボケでどっちがツッコミか」と悩むこと自体が、彼らの術中にハマっている証拠なのかもしれません。彼らは既存の役割分担を超越し、二人が一体となってグルーヴを生み出す独自のスタイルを確立しています。どっちがどう、と理屈で考えるよりも、その圧倒的なスピードと熱量に身を任せて笑うのが、バッテリィズの漫才を一番楽しむ方法だと言えるでしょう。これからの彼らのさらなる飛躍に、期待しかありません!
